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昭和史

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 先月亡くなった半藤一利さんの「B面昭和史」を読んでいます。大正15年12月25日
午前1時25分、長く患っていた大正天皇が亡くなられた時から話が始まります。
その夜に「皇室典範」にのっとり、皇太子裕仁親王が第124代天皇になりました。

 その日の早朝の午前3時半過ぎ、凍てつくような東京の街々を鈴を鳴らしながら
東京日日新聞の「号外、号外」と号外配りが駆け回りました。次の年号が「光文」と
スクープしたのです。報知新聞も後を追って大きく報じるのです。
 
 ところが、正午近くになって朝日新聞と時事新報が号外で、元号について勅語が
出て「大正15年12月25日以降を昭和元年となす」と出て、東京日日新聞の大誤報
となってしまったのです。昭和元年はその後の1週間だけですが、事件の多かった
昭和時代が始まりました。

 b-gの兄は昭和2年4月25日生まれ、すれすれの昭和生まれです。従姉妹も同じ年
の生まれで名前は「和子」。昔は生まれ年を名前に着けるのが多かったと、この本
「B面昭和史」にありました。

 明治元年辰年生まれの祖父は「辰之助」。伯父の子達は「正雄」「年子」「和子」
「巳四三」「昭子」と続きます。上が和子で妹が昭子で逆なのは「B面昭和史」に
よると、昭のつく熟語が無くて、日本人に馴染みがなかったようです。もう従兄弟
たちは一人もいなくなったので、確かめようがありません。

水仙2.jpeg

 白山通りのあちこちに水仙の花が咲いています。小石川植物園の先の播磨坂では
川津桜が咲いているとNさんからのライン。今日は15℃でセーターを脱いで歩き
ました。春が近い感じです。

 今日の東京のコロナ感染者数は369人で、7日間連続で500人を下回ったとは言え、
劇的に減っていないので安心はまだまだです。

地震.jpg

 ブログを入れて、さて風呂に入ろうと脱ぎ始めた11時ちょっと過ぎ、スマホの
地震警報がけたたましく鳴りました。最近はよく鳴っても大した地震でないので
「またまた」と思った途端に、最近ないような大きな揺れ、それも長く強く続いて
テレビは一斉に地震情報に切り替えられてビックリ。

 子供らからも心配のメールが入り、都内では久し振りの震度4とか震度5弱の
揺れで、みな驚きました。震源地が福島沖、10年前の東日本大地震の繋がりか。


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